暑さのピークが続いています。あと2カ月くらいは厳しい日々が続くでしょうか。当然ではありますが、野外での活動は絶対にムリは禁物です。命取りになります。室内においても脱水症状を起こさぬよう、水分・塩分補給等最大限の注意を払いたいものです。それらを皆で声掛けあいたいですね。いかがお過ごしでしょうか。

 

【四国お遍路巡拝①】

2カ月もの間休ませていただき、四国お遍路巡拝の旅をして参りました。その間、お客様や職人の皆さん、社員の皆さんにはご迷惑とご心配をおかけしました。数え60歳となる大きな節目の旅、文字で現わせることはほんのわずかですが、今回から思い出すまま連載として書いてみたいと思います。

 

四国お遍路の歴史は諸説あります。共通しているのは約1,250年前弘法大師空海が香川に生まれ、幼いころから学問と修行を積まれた四国内の史跡伝承の地で、それらが後の人々により体系化され、江戸時代になって大衆化されたと言われています。88ヶ所の他に、別格20霊場、番外霊場他数々の由緒ある寺社が四国中に点在しています。

今回私は88ヶ所の他、いくつかの別格霊場、『こんぴらさん』で有名な金刀比羅宮(ことひらぐう)や剣山・石鎚山等々を巡って参りました。歩いた距離は約1,200km、総獲得高度は20,000m以上、『おへんろ』という名称からは可愛らしいイメージさえ持っていた私ですが、実際に歩いてみて、いやいやなかなか厳しい毎日でした。情報と道路の整った現代でそうですから、その昔は本当に命懸けであったであろうと容易に想像できます。だからこそ、白装束で歩き、杖は亡くなった時の塔婆になったのだそうです。

 

【私にとってのお遍路】

旅に目的なんて要らない、という考えもあると思うのですが、今回の私には大きな目的が二つありました。一つは、60歳からの人生ラストスパートに向けた『誓いを立てる』ということ。もう一つは、40年前の日本縦断徒歩旅行の時の自分に会いたい、ということでした。結論から言えば、しっかり誓いは実体感と共に御大師様に受け取っていただき、そして、実体感として40年前に自分に会うことができました。それらは後々詳しく書いてみたいと思います。

 

なるべく40年前の時と同じように歩いてみたいと思い、基本テント泊・自炊そしてスマホなしとしました。誰と話をしても一番驚かれたのは『スマホなし』()。現代においては命の次に大切にされているようなスマホ。24時間手放せない。でもちょっと前まではなかったですからね。秀平から『置いていったほうがいいよ』と助言され、その様にしました()。なので写真もありません()。テント泊・自炊は慣れたもので、お風呂に入らないのも洗濯をしないのも私はまるで平気(^^;。ただ、今回は本当に雨が多くて、着替えからテントからゴアテックスの靴まですっかりビジャビジャになっちゃった時などは、たまらず宿に逃げ込みました。いやーそんな時のお布団の有難さ、あったかい食事の有難さは筆舌し難く。。。思えば、40年前の私は約4カ月間、一度も宿に泊まらなかったんですよね。どんなことやってしのいでいたんだろ。すごいわあ、40年前のおれ()

 

【たいへんだったこと】

 お遍路中で大変だったことが二つありました。一つは足の痛み。高知県に入る頃には両足の親指甲側付け根に亀裂が入り、その下や付近にも肉刺が重なりジクジクしてじんじん痛い。薬を塗って絆創膏をしても進行するばかり。大量に持って行ったロキソニンでしのぎました。これは愛媛県の終わりごろまで続いたのですが、途中救世主が。それがこの写真の商品。


百均で売っていました()。もう一つは『慣れ』というかマンネリ。ダラダラした歩き、ダラダラとした読経・お参り、ただやってるだけのお遍路。後半に入った今治市でのこと。勝手に『今治病』と名付けました。へんろ宿に二泊して女将さんにすごく良くしてもらって、すっかりリフレッシュして再スタート。ダラダラしている自分、そこに気づけて本当によかった。

 

さてさて、今回はお遍路巡拝の概要を思い出しながら書いてみました。次回から本編となります。


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