いよいよ夏本番です。今年も猛烈な暑さが続くことでしょう!!水分をしっかりとって無理をせず元気に乗り切りたいものですね!いかがお過ごしでしょうか。 【お遍路始まる】 ●3月25日(霊山寺・極楽寺・金泉寺・大日寺・地蔵寺・安楽寺・十楽寺)雨 午前7時過ぎに一番霊場到着。いよいよ始まる。微妙な緊張感。納経所が開くのが8時なので一服していると、なんと土浦からの若者(あきのり君35歳)と出会う。世間は狭い(笑)。もう一人愛知からの若者(こーへー31歳)は88ヶ所の他に別格20霊場も歩くという。88+20で108つの煩悩を脱却できるのだとか。あたくしは煩悩を生き切るつもりですが(笑)。彼らは私と同じ歩きテント泊組。他にもたくさんの方がいたけれど、車遍路の方が多いようだ。外国の方も多い。今日は雨だけど霊場が連なっていてグングン進むことができる。コンビニで食材を調達してへんろ小屋で寝る準備…ところが雨の侵入おびただしい。風も出てきた。どっか避難できるところはないだろうか…ん!発見ッ!!数え60歳北澤修。へんろ旅初日の宿決定。なんと、『○○○○』。夜の長かったこと長かったこと(^^;。 ●26日(熊谷寺・法輪寺・切幡寺・藤井寺)晴のち雨 朝一に到着した熊谷寺の枝垂れ桜は、雨のしずくが滴ってしかも静か。これまでに見たことがない程美しく感じました。藤井寺から先は『へんろころがし(難所)』で有名な山道が続く。今日はへんろ宿の軒下を借りてテント設営。すると遠回りしていたはずのこーへーと再会。彼、初めてのテント泊らしく運動もさほど経験がないチャラ男系(ごめんね。)既にダラダラへろへろ状態。(その彼がやがて屈強な若者に変身するのを垣間見る)小雨の中二人で焚火をし、酒を飲み、人生を語り合った。スマホを借りて妻にラインビデオしたりして(笑)。 いやーーー、しみじみいい時間でした。 ●27日(焼山寺)雨のち曇り いよいよ世に名高い『へんろころがし』。食材の補給場所もなさそうなのでお酒含めザックに詰め込む。17kg近くあるのではないか?朝5時、雨の中こーへーと共に出発。山道は慣れているつもりのおれ、、、しかし、、、いやーーーーー舐めておりました、へんろころがし。雨とザックの重さと肉刺の痛みと相まって進まない進まない。通常5~6時間の山道なのに7時間もかかってしまった。いやー...
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暑さのピークが続いています。あと 2 カ月くらいは厳しい日々が続くでしょうか。当然ではありますが、野外での活動は絶対にムリは禁物です。命取りになります。室内においても脱水症状を起こさぬよう、水分・塩分補給等最大限の注意を払いたいものです。それらを皆で声掛けあいたいですね。いかがお過ごしでしょうか。 【四国お遍路巡拝①】 2 カ月もの間休ませていただき、四国お遍路巡拝の旅をして参りました。その間、お客様や職人の皆さん、社員の皆さんにはご迷惑とご心配をおかけしました。数え 60 歳となる大きな節目の旅、文字で現わせることはほんのわずかですが、今回から思い出すまま連載として書いてみたいと思います。 四国お遍路の歴史は諸説あります。共通しているのは約 1,250 年前弘法大師空海が香川に生まれ、幼いころから学問と修行を積まれた四国内の史跡伝承の地で、それらが後の人々により体系化され、江戸時代になって大衆化されたと言われています。 88 ヶ所の他に、別格 20 霊場、番外霊場他数々の由緒ある寺社が四国中に点在しています。 今回私は 88 ヶ所の他、いくつかの別格霊場、『こんぴらさん』で有名な金刀比羅宮(ことひらぐう)や剣山・石鎚山等々を巡って参りました。歩いた距離は約 1,200km 、総獲得高度は 20,000m 以上、『おへんろ』という名称からは可愛らしいイメージさえ持っていた私ですが、実際に歩いてみて、いやいやなかなか厳しい毎日でした。情報と道路の整った現代でそうですから、その昔は本当に命懸けであったであろうと容易に想像できます。だからこそ、白装束で歩き、杖は亡くなった時の塔婆になったのだそうです。 【私にとってのお遍路】 旅に目的なんて要らない、という考えもあると思うのですが、今回の私には大きな目的が二つありました。一つは、 60 歳からの人生ラストスパートに向けた『誓いを立てる』ということ。もう一つは、 40 年前の日本縦断徒歩旅行の時の自分に会いたい、ということでした。結論から言えば、しっかり誓いは実体感と共に御大師様に受け取っていただき、そして、実体感として 40 年前に自分に会うことができました。それらは後々詳しく書いてみたいと思います。 なるべく...